「熊本の被災地の皆様にお見舞い申しあげます」
4月14日の大地震以後、ハートニットからお見舞いのコメントを出していませんでした。ハートニットプロジェクトととして、何もする術がなく、ただニュースでの情報を受け入れるのみでした。

熊本大地震直後に、山田地区のハートニットAグループから(山田町には2つのグループがあります)連絡がありました。
「ハートニットが熊本に何か支援するならば、私たち(アミマーとして)も力になりたい。」とのお申し出で、
「東日本大震災直後に、ハートニットプロジェクトが毛糸をいっぱい抱えて避難所を訪れてくれた時のことが忘れられなくて、今度は私たちが何か力になりたい」との事でした。
しかし、ハートニットプロジェクトが出した結論は、私たちにできることは何も無いので、熊本の震災に関しては動きませんとお答えしました。苦渋の結論でした。

<今一度、ハートニットの活動を簡単に>
ハートニットプロジェクトは、被災されたアミマーさんが作品を制作しています。
盛岡に拠点を置く事務局には、支援者のボランティアが出入りしています。
そして、販売を担うボランティアが各地におり、ニット作品の製造販売という「キャッシュ フォー ワーク」の経済活動をしています。
盛岡の事務局(個人の小さな仕事場の片隅で作業をしています。今は反対にハートニットに占領されている状態です)のボランティアも、各地のボランティアも、仕事を持っていたり、家庭を持っていたりの完全無償ボランティアですので、その売上の100%がニットフィーとして制作者の元に届けられています。
助成金の支えも全くない状況下での活動ですので、届けられる作品の整理や販売会の準備に追われ、現状は、これが私たちのできる精一杯の活動と言った所です。
と言う訳で、熊本に関しては「心」はあっても何も動けないと言うのがハートニットプロジェクトとしての結論でした。

それでも山田のハートニットAグループ(別名ハートニットタスキの会、この命名の由来はこちらをご覧ください。)は、被災地から熊本の為に単独で動き始めました。
4月29日の牡蠣祭り、復興し始めた水産会社等で募金活動を行い、5月末にはそれらをハートニットタスキの会として熊本にお届けするそうです。
「震災後、山田町を離れ雫石町の避難所で過ごし多くの方に支援を受け、その後山田町に戻り、何とか生活を立て直してこれた私たちが少しでも熊本の力になりたい。」こう仰っていましたが、彼女達は今も尚仮設住宅でお住まいです。
胸が詰まります。ハートニットプロジェクトはこの活動を大事に育てて、必ず良い場所にランディングさせたいと思っております。
今後も、皆様のご支援、どうぞ卸しくお願い申し上げます。
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山田地区で編んだ、リレーマラソンのタスキ

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2011年いわて銀河100キロマラソンの最終中継地点でアミマーさん達が応援をしました。
以後、毎年タスキの提供を継続しています。