2011年04月
朝7時30分に大船渡に向けて盛岡を出発しました。
車には現地にお住まいの方からのリクエスト物資も満載です。
菊池隆先生、熱田奥様、白崎様(私たちのスキーのお仲間です)と待ち合わせの盛ハリスト正教会へ向かいました。
こちらには、子ども達への物資が沢山届いていました。
皆さんとのご挨拶もそこそこに、先の余震によってスケジュールが変わった為お目にかかれませんでしたが、鈴木針灸整骨院の鈴木先生がご紹介下さった避難所4箇所に向かいました。
まず最初に訪れたのは綾里(りょうり)地区コミュニティ施設

綺麗な建物でしたが、吹き抜けのエントランスの天井、梁に大きなひびが入っていました。こちらではインフルエンザが発生したとのことで、受付に編み物キットを置かせて頂きすぐに失礼しましたが、外出からお戻りの老婦人が、
「楽しみに編ませてて頂きます。どうもありがとうございます。」
と笑顔で仰ったので、我々が返す言葉もありませんでしした。
小春日和の日差しの駐車場には、お昼をどうぞと玉子丼をご用意下さいました。被災地でご馳走になるなんてとんでもないことですが、素敵な笑顔で「どうぞ どうぞ」と。感謝して頂いてきました。
次に漁村センター

磯の香りがする港の直ぐ上の建物です。
この避難場所では、前の広場にまで津波がひたひたと迫ったそうです。
館長さんが、快く編み物キットを受け取って下さいました。

外では、紫波JAがお餅の入った豚汁の炊き出しに来ておられました。
ここでも、「是非、召し上がって」と薦められ・・・
お昼は済ませたと遠慮しましたが、いろいろお話しを伺っている内に、またご馳走に。。。申し訳ありません。
炊き出しの方達との交わりで、皆さんじっとしていられない気持ちで駆けつけておられること感じました。
直ぐ下に広がる、津波に全てをなぎ倒された広大な地域を眺めておられるご婦人が、
少しだけ形が残ったお店と、すっかり屋根のない蔵を指して、あそこが私の家だったと話出されました。
「必ず、また店を開くから来てよ」と、気負うことのない笑顔で、どこから湧くのかわかないエネルギーで約束して下さいました。
ご一緒に写真を撮らせて頂きました。
毛糸と一緒に、編み物の先生が編んで送って下さった帽子とショールをお渡ししました。

3箇所目 末崎小学校

こちらは、大きな体育館で仕切もなく毛布が積み上げられた、テレビで良く見る光景でした。日中は外出の方も多く、年配者の方があちこちでお話しされていたり、お一人で座っておられたり。
避難所責任者の方が、このようにずっとここで過ごされている方達に喜ばれますと、笑顔で編み物キットを受け取って下さいました。
ここで1日じっと過ごしておられる方々が、本当にこの毛糸に手を伸ばして、前を向いて下さること願っています。
こちらには未だ水道も通らず、給水車が来ていました。

洗濯場と書かれた看板の前でが、柄杓で(片手鍋に柄を付けたようでした)池から水をくみ上げ、洗濯板でお洗濯をされていて逞しいお姿でした。
最後にリアスホールを訪ねました。

(写真を取り忘れましたので、資料写真です)
こちらはコンクリート打ちっ放しの要塞のような近代的な建物でしたが、ホール内は天井が崩落し、避難者は廊下で寝起きしておられます。コンクリートの床に毛布を敷いて・・・
アトラクションスペースでは、今日はマジックを楽しんでおられました。
これら4箇所に、皆様がお届け下さいました「編み物キット」をお届けして参りました。
実際に避難所を巡ってみて、
私たちが思っていたように、本当に編み物で被災された方の心が癒されるのかどうか不安にもなりましたが、そのようになることを期待して帰路につきました。
最後に、
何もかも壊れてしまった悲しい写真も撮ってきましたが、とてもアップする気にはなれません。
大船渡の海は今日も綺麗でした。

車には現地にお住まいの方からのリクエスト物資も満載です。
菊池隆先生、熱田奥様、白崎様(私たちのスキーのお仲間です)と待ち合わせの盛ハリスト正教会へ向かいました。
こちらには、子ども達への物資が沢山届いていました。
皆さんとのご挨拶もそこそこに、先の余震によってスケジュールが変わった為お目にかかれませんでしたが、鈴木針灸整骨院の鈴木先生がご紹介下さった避難所4箇所に向かいました。
まず最初に訪れたのは綾里(りょうり)地区コミュニティ施設

綺麗な建物でしたが、吹き抜けのエントランスの天井、梁に大きなひびが入っていました。こちらではインフルエンザが発生したとのことで、受付に編み物キットを置かせて頂きすぐに失礼しましたが、外出からお戻りの老婦人が、
「楽しみに編ませてて頂きます。どうもありがとうございます。」
と笑顔で仰ったので、我々が返す言葉もありませんでしした。
小春日和の日差しの駐車場には、お昼をどうぞと玉子丼をご用意下さいました。被災地でご馳走になるなんてとんでもないことですが、素敵な笑顔で「どうぞ どうぞ」と。感謝して頂いてきました。
次に漁村センター

磯の香りがする港の直ぐ上の建物です。
この避難場所では、前の広場にまで津波がひたひたと迫ったそうです。
館長さんが、快く編み物キットを受け取って下さいました。

外では、紫波JAがお餅の入った豚汁の炊き出しに来ておられました。
ここでも、「是非、召し上がって」と薦められ・・・
お昼は済ませたと遠慮しましたが、いろいろお話しを伺っている内に、またご馳走に。。。申し訳ありません。
炊き出しの方達との交わりで、皆さんじっとしていられない気持ちで駆けつけておられること感じました。
直ぐ下に広がる、津波に全てをなぎ倒された広大な地域を眺めておられるご婦人が、
少しだけ形が残ったお店と、すっかり屋根のない蔵を指して、あそこが私の家だったと話出されました。
「必ず、また店を開くから来てよ」と、気負うことのない笑顔で、どこから湧くのかわかないエネルギーで約束して下さいました。
ご一緒に写真を撮らせて頂きました。
毛糸と一緒に、編み物の先生が編んで送って下さった帽子とショールをお渡ししました。

3箇所目 末崎小学校

こちらは、大きな体育館で仕切もなく毛布が積み上げられた、テレビで良く見る光景でした。日中は外出の方も多く、年配者の方があちこちでお話しされていたり、お一人で座っておられたり。
避難所責任者の方が、このようにずっとここで過ごされている方達に喜ばれますと、笑顔で編み物キットを受け取って下さいました。
ここで1日じっと過ごしておられる方々が、本当にこの毛糸に手を伸ばして、前を向いて下さること願っています。
こちらには未だ水道も通らず、給水車が来ていました。

洗濯場と書かれた看板の前でが、柄杓で(片手鍋に柄を付けたようでした)池から水をくみ上げ、洗濯板でお洗濯をされていて逞しいお姿でした。
最後にリアスホールを訪ねました。

(写真を取り忘れましたので、資料写真です)
こちらはコンクリート打ちっ放しの要塞のような近代的な建物でしたが、ホール内は天井が崩落し、避難者は廊下で寝起きしておられます。コンクリートの床に毛布を敷いて・・・
アトラクションスペースでは、今日はマジックを楽しんでおられました。
これら4箇所に、皆様がお届け下さいました「編み物キット」をお届けして参りました。
実際に避難所を巡ってみて、
私たちが思っていたように、本当に編み物で被災された方の心が癒されるのかどうか不安にもなりましたが、そのようになることを期待して帰路につきました。
最後に、
何もかも壊れてしまった悲しい写真も撮ってきましたが、とてもアップする気にはなれません。
大船渡の海は今日も綺麗でした。

昨晩の余震とも思えない揺れに震え上がりました。
揺れたと同時に停電し、今夕までそれは続きました。
地震後、信号は点灯していない上に、緊急車両の通行も多いかと思われましたので、本日の大船渡への編み物支援便は中止いたしました。
ところが、大船渡方面への通信網は途絶えたままで、現地にはショートメールや留守電のみで、全くコンタクトが取れないままです。
と言うわけで、停電中のスポーツデスクに今日も出勤です。
すると、いきなり

佐川急便から13個
ゆうパックが4個
届きました!
早速荷解き作業をしている所に、盛岡タイムス(地元新聞です)の記者さんが来られて取材を受けました。
編み物での支援活動に、大きな応援・協力が与えられました。
盛岡市民への毛糸集めの呼びかけと、仕分けのボランティアをお願いしました。
掲載は、明後日日曜日だそうです。
揺れたと同時に停電し、今夕までそれは続きました。
地震後、信号は点灯していない上に、緊急車両の通行も多いかと思われましたので、本日の大船渡への編み物支援便は中止いたしました。
ところが、大船渡方面への通信網は途絶えたままで、現地にはショートメールや留守電のみで、全くコンタクトが取れないままです。
と言うわけで、停電中のスポーツデスクに今日も出勤です。
すると、いきなり

佐川急便から13個
ゆうパックが4個
届きました!
早速荷解き作業をしている所に、盛岡タイムス(地元新聞です)の記者さんが来られて取材を受けました。
編み物での支援活動に、大きな応援・協力が与えられました。
盛岡市民への毛糸集めの呼びかけと、仕分けのボランティアをお願いしました。
掲載は、明後日日曜日だそうです。
昨日は、活動報告をお休みしてしまい失礼しました。
明日、編み物の第一陣として大船渡に参ります。
皆様からの真心と共に毛糸をお届けさせて頂きます。
大船渡では、
各避難所でマッサージのボランティア活動をされている鈴木針灸整骨院の鈴木かずひろ先生の所にお伺いします。
私たちの訪問に合わせて、岩手県スキー連盟理事の大船渡在住菊池隆さんもお手伝い下さいます。
また、菊池隆さんがご紹介くださる
熱田さんは、大船渡スキースポーツ少年団のお世話をなさっていて、ご自身もスキーが大好きな方です。そして奥様はパッチワークの先生。これから避難所で編み物を始められる方々の現地でのサポートをして下さいます。

昨日・今日と、仲間達とこれらをお届けするための準備をしていました。




いろいろな毛糸を太さ・種類毎に分けて、
春物マフラー・ペットボトルカバー、子供用指編みセット、セーター、ベスト、帽子などを編んで頂ける様に、編み図、編み針をセットにして手作りキットにしました。
私たちの毛糸集めの呼びかけにお応え下さった方々。
それをお友達に伝えて下さった方々。
毛糸の仕分けをお手伝い下さった中公さん、土樋さん、吉川さん、高原さん。
そして、明日の運搬を買って出てくれたスキースクールのスタッフ・栗木くん。
明日これらの毛糸を受け取って、各避難所にお届け下さる鈴木先生。
明日パッチワークの先生をご紹介下さる菊池先生。
そして、これから現地でご指導下さる熱田様、奥様。
この様にして皆様の「思い」が、明日被災者のお手元に届きます事に感動を覚えます。ありがとうございます。

毛糸と共に沢山の励ましのお手紙も頂きました。
これからも、できるだけ多くの被災地にお届けしたいと思っておりますので、この活動は長く続けて行くつもりです。
これからも皆さんのご支援お待ちしています。
宜しくお願い申し上げます。
明日、編み物の第一陣として大船渡に参ります。
皆様からの真心と共に毛糸をお届けさせて頂きます。
大船渡では、
各避難所でマッサージのボランティア活動をされている鈴木針灸整骨院の鈴木かずひろ先生の所にお伺いします。
私たちの訪問に合わせて、岩手県スキー連盟理事の大船渡在住菊池隆さんもお手伝い下さいます。
また、菊池隆さんがご紹介くださる
熱田さんは、大船渡スキースポーツ少年団のお世話をなさっていて、ご自身もスキーが大好きな方です。そして奥様はパッチワークの先生。これから避難所で編み物を始められる方々の現地でのサポートをして下さいます。

昨日・今日と、仲間達とこれらをお届けするための準備をしていました。




いろいろな毛糸を太さ・種類毎に分けて、
春物マフラー・ペットボトルカバー、子供用指編みセット、セーター、ベスト、帽子などを編んで頂ける様に、編み図、編み針をセットにして手作りキットにしました。
私たちの毛糸集めの呼びかけにお応え下さった方々。
それをお友達に伝えて下さった方々。
毛糸の仕分けをお手伝い下さった中公さん、土樋さん、吉川さん、高原さん。
そして、明日の運搬を買って出てくれたスキースクールのスタッフ・栗木くん。
明日これらの毛糸を受け取って、各避難所にお届け下さる鈴木先生。
明日パッチワークの先生をご紹介下さる菊池先生。
そして、これから現地でご指導下さる熱田様、奥様。
この様にして皆様の「思い」が、明日被災者のお手元に届きます事に感動を覚えます。ありがとうございます。

毛糸と共に沢山の励ましのお手紙も頂きました。
これからも、できるだけ多くの被災地にお届けしたいと思っておりますので、この活動は長く続けて行くつもりです。
これからも皆さんのご支援お待ちしています。
宜しくお願い申し上げます。
東京在住のスキースクールスタッフが、日曜日に被災されたご親戚を訪ねられて、その様子をメールで知らせてくれましたので、抜粋して紹介させて頂きます。
・・・・・・・・・・・・・
この度、山田町に住む親戚へご支援いただき、本当にありがとうございました。
山田・境田町に住んでおりましたが、写真にあるように何もかも無くなり、大沢町に住む奥様の実家に居候しており、とても心寂しい状況だったようで、とてもとても喜んでくれました。
改めて御礼申し上げます。
17日に炊き出しに行かれる山田駅の写真も何枚か入れてあります。
写真では分かり難いですが、山田駅周辺は近隣に人が住める状況ではなく、また現地までたどり着くためには、車などで行くことが必須の状況でした。
電気工事もいま急ピッチで行っているようです。
今回は、山田町→陸前高田まで南下しました。
現地を見るまでは、重く心の中にのしかかるものがありましたが、
行って見て、私的にはこれから生きていくためを支援していこうと思いになりました。
岩手復興のため、また時間を作って、岩手に行きたいと思っています。
本当にありがとうございました。
・・・・・・・・・・・
写真を何枚か撮ってきてくれましたが、覚悟してご覧下さい。
被災地の写真
・・・・・・・・・・・・・
この度、山田町に住む親戚へご支援いただき、本当にありがとうございました。
山田・境田町に住んでおりましたが、写真にあるように何もかも無くなり、大沢町に住む奥様の実家に居候しており、とても心寂しい状況だったようで、とてもとても喜んでくれました。
改めて御礼申し上げます。
17日に炊き出しに行かれる山田駅の写真も何枚か入れてあります。
写真では分かり難いですが、山田駅周辺は近隣に人が住める状況ではなく、また現地までたどり着くためには、車などで行くことが必須の状況でした。
電気工事もいま急ピッチで行っているようです。
今回は、山田町→陸前高田まで南下しました。
現地を見るまでは、重く心の中にのしかかるものがありましたが、
行って見て、私的にはこれから生きていくためを支援していこうと思いになりました。
岩手復興のため、また時間を作って、岩手に行きたいと思っています。
本当にありがとうございました。
・・・・・・・・・・・
写真を何枚か撮ってきてくれましたが、覚悟してご覧下さい。
被災地の写真
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